鬼剣舞

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鬼剣舞

鬼剣舞

鬼剣舞は岩手県北上地方に伝承されている伝統芸能で、本来は念仏剣舞のひとつです。鬼のような威嚇的な面つけて踊ることから、明治後期には鬼剣舞と呼ばれるようになりました。もともとは陰陽師山伏修験者が用いる反閉(ヘンバイ)の呪術からきていると言われています。この舞をケンバイやケンベイと発音していたものに剣と舞の字を当てたと言われています。

鬼剣舞は師匠から弟子へと秘伝書によって伝えられてきました。享保17年(1732)の剣舞由来禄によると、大宝年間(701~704)役の行者の大峰山での満願成就に踊った念仏踊りが始まりといわれ、その後、大同年間(806~810)に出羽国羽黒山で舞われ、この地方を治めていた安部貞任がこの踊りを領内に勧めたそうです。延文5年(1360)この地の城主、岩崎弥十郎が主君の和賀政義を招き躍らせたところ、政義は大いに喜び、家紋の笹リンドウの使用を許可したといいます。

鬼剣舞は平成5年(1993)に国の重要無形民族文化財に指定されています。

舞手がつけている面を鬼面と呼ぶことがありますが、実際には角がなく、仏の化身で陰陽五行説の方位と季節をあらわすとともに、仏教の五大明王を象徴しています。白色の面は秋・西方の守護者の大威徳明王(だいとくみょうおう)をあらわしています。他に不動明王(ふどうみょうおう、黄色、中央)・降三世明王(ごうざんぜにょうおう、青、東)・金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう、黒、冬)・軍荼利明王(ぐんだりみょうおう赤、南)・の面があり、口を開く面「阿」と、閉じている面「吽」があります。

剣舞には、陰陽師や山伏修験者の反閉(ヘンバイ)と、邪気を払い大地の踏み鎮め清浄する舞の念仏によって怨霊や災厄を防ぐ信仰的要素もみられ、鬼剣舞の踊り手は8人を基本としています。演目には、一番庭、礼舞、念仏(太鼓・手平鉦が付き、格調高く全演目の基本とされるゆるやかな踊り)その他、二番庭、三番庭、刀剣舞、一人加護、二人加護、三人加護、八人加護、宙返り、カニむくり、膳舞など18種類があります。

北上市には岩崎系と滑田系があります。岩手県内には、子供をはじめ120をこえる剣舞の踊り組があり、今では女性も参加する組もあります。この地方では夏祭りや各種イベントなどで盛んに披露されます。また東北六大祭りの一つ「北上・みちのく芸能まつり」では中心になる踊りです。


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